この人が書いたような世の終わりの世相を呈する気がする・・全文引用
全文引用させて頂いたのは、この論文は、いま非常に大切だと思ったからです。
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日本はパンデミックをいかに乗り越えたか~100年前のパンデミック・スペイン風邪の教訓 古谷経衡 | 文筆家/著述家
2/28(金) 23:17
新型コロナウイルス禍がパンデミックの模様を呈している(2020年2月29日、WHO事実上のパンデミックを宣言)。パニックや流言飛語も相次いでいる。しかしこのようなパンデミックは、20世紀を含め過去に何度も起こり、そして人類はその都度パンデミックを乗り越えてきた。今次の新型コロナウイルス禍への対策と教訓として、私たちは人類が遭遇した過去のパンデミックから学び取れることは余りにも多いのではないか?
本稿は、20世紀最悪のパンデミックとされ、世界中で2000万人~4500万人が死亡し、日本国内でも約45万人が死亡した「スペイン風邪」を取り上げる。そして日本の流行状況と公的機関の対策を追い、現在のパンデミックに抗する教訓を歴史から得んとするものである。
また本稿の執筆にあたっては、日本に於けるスペイン風邪を詳細に分析した第一級の書『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界大戦』(藤原書店、速水融著・以下速水)と、スペイン風邪が去った後に当時の内務省が編纂した『流行性感冒 ”スペイン風邪”大流行の記録』(内務省衛生局編、平凡社から復刻・以下内務省)の2冊を参考とした。
・100年前のパンデミック「スペイン風邪」とはなにか
1918年から1920年までの約2年間、新型ウイルスによるパンデミックが起こり、当時の世界人口の3割に当たる5億人が感染。そのうち2000万人~4500万人が死亡したのがスペイン風邪である。現在の研究では、そのウイルスはH1N1型と特定されている。
スペイン風邪の発生は、今から遡ること約百年前。1918年春。アメリカ・カンザス州にあるファンストン陸軍基地の兵営からだとされる(速水,38)。当時は第一次世界大戦の真っ最中で、ドイツ帝国は無制限潜水艦作戦によって中立国だったアメリカの商船を撃沈するに至った。このドイツの粗暴な振る舞いがアメリカの参戦を促し、アメリカは欧州に大規模な派遣軍を送ることになる。
アメリカの軍隊から発生したとされるスペイン風邪は、こうしてアメリカ軍の欧州派遣によって世界中にばら撒かれることになった。当時のパンデミックは、航空機ではなく船舶による人の移動によって、軍隊が駐屯する都市や農村から、その地の民間人に広まっていった。
ちなみに、アメリカから発生したのになぜスペイン風邪という呼称なのか。それは第一次大戦当時、スペインが欧州の中で数少ない中立国であったため、戦時報道管制の外にあったからだ。そのためこの新型ウイルスの感染と惨状が、戦時報道管制から自由なスペイン電として世界に発信されたからである。
スペインでは800万人がスペイン風邪に感染。国王アルフォンソ13世や政府関係者も感染した。日本では当初「スペインで奇病流行」と報道された(速水,49)。
・「スペイン風邪」、日本に上陸
日本でスペイン風邪が確認されたのは、1918年、当時日本が統治中であった台湾に巡業した力士団のうち3人の力士が肺炎等によって死亡した事が契機である。そののち、同年5月になると、横須賀軍港に停泊中の軍艦に患者が発生し、横須賀市内、横浜市へと広がった(速水,328)。当時、日本の報道でのスペイン風邪の俗称は「流行性感冒」である。
速水によれば、日本に於けるスペイン風邪流行は「前流行」と「後流行」の二波に別れるという。「前流行」は1918年の感染拡大。「後流行」は1919年の感染拡大である。どちらも同じH1N1型のウイルスが原因であったが、現在の研究では「後流行」の方が致死率が高く、この二つの流行の間にウイルスに変異が生じた可能性もあるという。
ともあれ、このスペイン風邪によって、最終的に当時の日本内地の総人口約5600万人のうち、0.8%強に当たる45万人が死亡した。当時、日本は台湾と朝鮮等を統治していたので、日本統治下全体での死者は0.96%という(速水,426.以下、図表参照)。1945年、東京大空襲による犠牲者は10万人。日露戦争による戦死者約9万人を考えるとき、この数字が如何に巨大なものかが分かるだろう。単純にこの死亡率を現在の日本に当てはめると、120万人が死ぬ計算になる。これは大阪市の人口の約半分にあたる。
・「スペイン風邪」の凄惨な被害~一村全滅事例も
「前流行」と「後流行」の二波による日本でのスペイン風邪の大流行は、各地で凄惨な被害をもたらした。以下速水より。*適宜筆者で追記や現代語訳にしている。
福井県九頭竜川上流の山間部では、「感冒の為一村全滅」という見出しで、面谷(おもだに)集落では人口約1000人中、970人までが罹患し、すでに70人の死亡者を出し、70人が瀕死の状態である旨報道されている。
出典:速水,146
(1919年)2月3日の東京朝日新聞は、東京の状況を「感冒猛烈 最近二週間に府下(当時は東京府)で1300の死亡」という見出しのもと、警視庁の担当者談として「今度の感冒は至って質が悪く発病後直肺炎を併発するので死亡者は著しく増加し(中略)先月11日から20日までに流行性感冒で死んだ人は289名、肺炎を併発して死んだ人は417名に達し(後略)」と報道している。各病院は満杯となり、新たな「入院は皆お断り」の始末であった。
出典:速水,161
(岩手県)盛岡市を襲った流行性感冒は、市内の各商店、工業を休業に追いやり、多数の児童の欠席を見たため、学校の休校を招いた。(1919年11月)5日には厨川(くりかわ)小学校で2名の死者を出し、さらに6日の(岩手日報)紙面は「罹患者2万を超ゆ 各方面の打撃激甚なり 全市困惑の極みに達す」との見出し
出典:速水,168
神戸には、夢野と春日野の二箇所に火葬場があったが、それぞれ100体以上の死体が運ばれ、処理能力を超えてしまい、棺桶が放置されるありさまとなった。
出典:速水,128
など、日本を襲ったスペイン風邪の猛威は、列島を均等に席巻し、各地にむごたらしい被害をもたらした。とりわけ重工業地帯で人口稠密であった京都・大阪・神戸の近畿三都の被害(死亡率)は東京のそれを超えていたという。だが、上記引用を読む限り、大都市部であろうが農村部であろうが、スペイン風邪の被害は「平等」に降りかかっているように思える。
・「スペイン風邪」に当時の政府や自治体はどう対処したのか
さて、肝心なのは当時のパンデミックに日本政府や自治体がどう対応したかである。結論から言えば、様々な対処を行ったが、根本的には無策だった。なぜならスペイン風邪の病原体であるH1N1型ウイルスは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なかったからだ。人類がウイルスを観測できる電子顕微鏡を開発したのは1930年代。実際にこのスペイン風邪のウイルスを分離することに成功したのは、流行が終わって十五年が過ぎた1935年の出来事であった。
つまり当時の人類や日本政府は、スペイン風邪の原因を特定する技術を持たなかった。当時の研究者や医師らは、このパンデミックの原因を「細菌」だと考えていたが、実際にはウイルスであった。当時の人類は、まだウイルスに対し全くの無力だったのである。
それでも、政府や自治体が手をこまねいたわけではない。今度は内務省を中心に当時のパンデミックに対し、公的機関がどう対処していくのかを見てみよう。
大正8年(1919年)1月、内務省衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を出し、一般民衆にスペイン風邪への対処を大々的に呼びかけている。驚くべきことに、スペイン風邪の原因がウイルスであることすら掴めなかった当時の人々の、未知なる伝染病への対処は、現代の新型コロナ禍における一般的な対処・予防法と驚くほど酷似している。以下、内務省から抜粋したものをまとめた。*適宜筆者で追記や現代語訳にしている。
・はやりかぜはどうして伝染するか
はやりかぜは主に人から人に伝染する病気である。かぜ引いた人が咳やくしゃみをすると眼にも見えないほど細かな泡沫が3、4尺(約1メートル)周囲に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものはこの病にかかる。
・(はやりかぜに)かからぬには
1.病人または病人らしい者、咳する者に近寄ってはならぬ
2.たくさん人の集まっているところに立ち入るな
3.人の集まっている場所、電車、汽車などの内では必ず呼吸保護器(*マスクの事)をかけ、それでなくば鼻、口を「ハンカチ」手ぬぐいなどで軽く覆いなさい
・(はやりかぜに)かかったなら
1.かぜをひいたなと思ったらすぐに寝床に潜り込み医師を呼べ
2.病人の部屋はなるべく別にし、看護人の他はその部屋に入れてはならぬ
3.治ったと思っても医師の許しがあるまで外に出るな
(内務省,143-144)
部分的に認識違いはあるが、基本的には「マスク着用」「患者の隔離」など現在の新型コロナ禍に対する対処法と同様の認識を当時の政府が持っていたことが分かる。そして内務省は警察を通じて、全国でこの手の「衛生講話会」を劇場、寄席、理髪店、銭湯などで上演し、大衆に予防の徹底を呼び掛けている。またマスク励行のポスターを刷り、全国に配布した。マスクの無料配布も一部行われたというが、現在の新型コロナ禍と全く似ていて、マスクの生産が需要に追い付かなかったという。
ただ失敗だったのは、内務省が推進した予防接種である。病原体がウイルスであることすら知らない当時の医学は、スペイン風邪の予防に苦肉の策として北里研究所などが開発した予防薬を注射させる方針を採り、接種群と未接種群との間で死亡率の乖離を指摘しているが、これは現代の医学から考えれば全くの無意味な政策であった。だが、当時の技術ではそれが限界だった。
・100年前も全面休校
各自治体の動きはどうだったか。とりわけ被害が激甚だった神戸市では、市内の幼稚園、小学校、中学校等の全面休校を決めた(速水,198)。1919年には愛媛県が県として「予防心得」を出した。人ごみに出ない、マスクを着用する、うがいの励行、身体弱者はとりわけ注意することなど、おおむね内務省の「流行性感冒予防心得」を踏襲した内容である。学校の休校や人ごみの禁忌など、これまた現在の状態と重複する部分が多い。そしてこれもまた現在と同じように、各地での集会、興行、力士の巡業、活劇などは続々中止か、または閉鎖されていった。
このようにして、日本各地で猛威を振るったスペイン風邪は、1920年が過ぎると自然に鎮静化した。なぜか?それは内務省や自治体の方針が有効だったから、というよりも、スペイン風邪を引き起こしたH1N1型ウイルスが、日本の隅々にまで拡大し、もはやそれ以上感染が拡大する限界を迎えたからだ。そしてスペイン風邪にかかり、生き残った人々が免疫抗体を獲得したからである。
つまり、スペイン風邪は突然の嵐のように世界と日本を襲い、そして自然に去っていったというのが実際のところなのである。
残念ながらヒト・モノが航空機という、船舶よりも何十倍も速い速度で移動できるようになった現在、新型ウイルスの伝播の速度はスペイン風邪当時とは比較にならないだろう。だが100年前のパンデミックと違うところは、私たちの医学は驚くべきほど進化し、そして当時、その原因すらわからなかったウイルスを、私たちは直接観察することが出来、なんであれば人工的にウイルスすら制作できる技術力を保有しているという点だ。
このような状況を鑑みると、100年前のパンデミックと現在。採るべき方針はあまり変わらないように思える。すなわちウイルスの猛威に対しては防衛的な姿勢を貫き、じっと私たちの免疫がウイルスに打ち勝つのを待つ。実際にスペイン風邪はそのようにして終息し、日本は内地45万人の死者を出しながら、パンデミックを乗り越えている。
ウイルスの存在すら知らなかった当時と違って、現在の私達の社会におけるパンデミックは、伝播速度の違いはあれど集落が全滅したり、火葬場が満杯になったりするという地獄絵図には向かいにくいのではないか、というのが正直な感想である。
・100年前もデマや流言飛語
最後に、スペイン風邪当時の日本で起こったデマや流言飛語の事例を紹介する。現在ですらも、「57度から60度近いお湯を飲めば予防になる」などの根拠なき民間信仰が闊歩しているが、人間の恐怖の心理は時代を超えて共通しており、当時も様々な混乱が起こった。
曰く、「厄除けの札を貼ったり」、「ネズミを焼いて粉末にした”薬”を飲んだり」したという(速水,178)。
とりわけ医学的には無意味な神頼みは尋常ではなく、例えば現在の兵庫県神戸市須磨区にある多井畑(たいはた)厄除八幡宮では、神戸新聞の報道として、「善男善女で…非常な賑わいを呈し兵庫電鉄は朝のほどから鮓(すし)詰めの客を乗せて月見山停車場に美しい女も職工さんも爺さんも婆さんも十把ひとからげに吐き出す」(速水,198)で、駅から神社まではさらに二キロ程度の山道で、社務所が用意した護符は飛ぶように売れた(速水,同)という。
人ごみを避けろ、と言っておきながら満員電車はOKというダブルスタンダードまで、現在の日本の状況と何ら変わらない。
日本に於けるスペイン風邪の大流行から、私たちは時代を超えた共通項を見出すことが出来る。そして人間の心理は、100年を経てもあまり進歩がない、という側面をもさらけ出しているように思える。どうあれ、私たちはスペイン風邪を乗り越えていま生きている。デマや流言飛語に惑わされず、私たちは常に過去から学び、「スペイン風邪から100年」という節目に現出したパンデミックに泰然自若として対応すべきではないか。(了)
*WHO事実上のパンデミック認定に際して、2/29,AM1:30追記
古谷経衡
文筆家/著述家
1982年北海道札幌市生まれ。文筆家。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』(コアマガジン)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか』(イースト・プレス)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。
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tsunehira.furuya
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古谷経衡公式サイト
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出口王仁三郎の「世の終わり」は、この事だったのか?
世の終わりには、疫病が流行る。
東京オリンピックどころじゃないな。
これじゃ、資本主義の崩壊、株式市場の崩壊も当たり前か。
身体から毒出しして、免疫力を高めないと、危ない。
高橋信次師により、日本に神風が吹くよ・・・
高橋信次師によって、昭和に神国・日本に正法は説かれた・・・
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日本はパンデミックをいかに乗り越えたか~100年前のパンデミック・スペイン風邪の教訓 古谷経衡 | 文筆家/著述家
2/28(金) 23:17
新型コロナウイルス禍がパンデミックの模様を呈している(2020年2月29日、WHO事実上のパンデミックを宣言)。パニックや流言飛語も相次いでいる。しかしこのようなパンデミックは、20世紀を含め過去に何度も起こり、そして人類はその都度パンデミックを乗り越えてきた。今次の新型コロナウイルス禍への対策と教訓として、私たちは人類が遭遇した過去のパンデミックから学び取れることは余りにも多いのではないか?
本稿は、20世紀最悪のパンデミックとされ、世界中で2000万人~4500万人が死亡し、日本国内でも約45万人が死亡した「スペイン風邪」を取り上げる。そして日本の流行状況と公的機関の対策を追い、現在のパンデミックに抗する教訓を歴史から得んとするものである。
また本稿の執筆にあたっては、日本に於けるスペイン風邪を詳細に分析した第一級の書『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界大戦』(藤原書店、速水融著・以下速水)と、スペイン風邪が去った後に当時の内務省が編纂した『流行性感冒 ”スペイン風邪”大流行の記録』(内務省衛生局編、平凡社から復刻・以下内務省)の2冊を参考とした。
・100年前のパンデミック「スペイン風邪」とはなにか
1918年から1920年までの約2年間、新型ウイルスによるパンデミックが起こり、当時の世界人口の3割に当たる5億人が感染。そのうち2000万人~4500万人が死亡したのがスペイン風邪である。現在の研究では、そのウイルスはH1N1型と特定されている。
スペイン風邪の発生は、今から遡ること約百年前。1918年春。アメリカ・カンザス州にあるファンストン陸軍基地の兵営からだとされる(速水,38)。当時は第一次世界大戦の真っ最中で、ドイツ帝国は無制限潜水艦作戦によって中立国だったアメリカの商船を撃沈するに至った。このドイツの粗暴な振る舞いがアメリカの参戦を促し、アメリカは欧州に大規模な派遣軍を送ることになる。
アメリカの軍隊から発生したとされるスペイン風邪は、こうしてアメリカ軍の欧州派遣によって世界中にばら撒かれることになった。当時のパンデミックは、航空機ではなく船舶による人の移動によって、軍隊が駐屯する都市や農村から、その地の民間人に広まっていった。
ちなみに、アメリカから発生したのになぜスペイン風邪という呼称なのか。それは第一次大戦当時、スペインが欧州の中で数少ない中立国であったため、戦時報道管制の外にあったからだ。そのためこの新型ウイルスの感染と惨状が、戦時報道管制から自由なスペイン電として世界に発信されたからである。
スペインでは800万人がスペイン風邪に感染。国王アルフォンソ13世や政府関係者も感染した。日本では当初「スペインで奇病流行」と報道された(速水,49)。
・「スペイン風邪」、日本に上陸
日本でスペイン風邪が確認されたのは、1918年、当時日本が統治中であった台湾に巡業した力士団のうち3人の力士が肺炎等によって死亡した事が契機である。そののち、同年5月になると、横須賀軍港に停泊中の軍艦に患者が発生し、横須賀市内、横浜市へと広がった(速水,328)。当時、日本の報道でのスペイン風邪の俗称は「流行性感冒」である。
速水によれば、日本に於けるスペイン風邪流行は「前流行」と「後流行」の二波に別れるという。「前流行」は1918年の感染拡大。「後流行」は1919年の感染拡大である。どちらも同じH1N1型のウイルスが原因であったが、現在の研究では「後流行」の方が致死率が高く、この二つの流行の間にウイルスに変異が生じた可能性もあるという。
ともあれ、このスペイン風邪によって、最終的に当時の日本内地の総人口約5600万人のうち、0.8%強に当たる45万人が死亡した。当時、日本は台湾と朝鮮等を統治していたので、日本統治下全体での死者は0.96%という(速水,426.以下、図表参照)。1945年、東京大空襲による犠牲者は10万人。日露戦争による戦死者約9万人を考えるとき、この数字が如何に巨大なものかが分かるだろう。単純にこの死亡率を現在の日本に当てはめると、120万人が死ぬ計算になる。これは大阪市の人口の約半分にあたる。
・「スペイン風邪」の凄惨な被害~一村全滅事例も
「前流行」と「後流行」の二波による日本でのスペイン風邪の大流行は、各地で凄惨な被害をもたらした。以下速水より。*適宜筆者で追記や現代語訳にしている。
福井県九頭竜川上流の山間部では、「感冒の為一村全滅」という見出しで、面谷(おもだに)集落では人口約1000人中、970人までが罹患し、すでに70人の死亡者を出し、70人が瀕死の状態である旨報道されている。
出典:速水,146
(1919年)2月3日の東京朝日新聞は、東京の状況を「感冒猛烈 最近二週間に府下(当時は東京府)で1300の死亡」という見出しのもと、警視庁の担当者談として「今度の感冒は至って質が悪く発病後直肺炎を併発するので死亡者は著しく増加し(中略)先月11日から20日までに流行性感冒で死んだ人は289名、肺炎を併発して死んだ人は417名に達し(後略)」と報道している。各病院は満杯となり、新たな「入院は皆お断り」の始末であった。
出典:速水,161
(岩手県)盛岡市を襲った流行性感冒は、市内の各商店、工業を休業に追いやり、多数の児童の欠席を見たため、学校の休校を招いた。(1919年11月)5日には厨川(くりかわ)小学校で2名の死者を出し、さらに6日の(岩手日報)紙面は「罹患者2万を超ゆ 各方面の打撃激甚なり 全市困惑の極みに達す」との見出し
出典:速水,168
神戸には、夢野と春日野の二箇所に火葬場があったが、それぞれ100体以上の死体が運ばれ、処理能力を超えてしまい、棺桶が放置されるありさまとなった。
出典:速水,128
など、日本を襲ったスペイン風邪の猛威は、列島を均等に席巻し、各地にむごたらしい被害をもたらした。とりわけ重工業地帯で人口稠密であった京都・大阪・神戸の近畿三都の被害(死亡率)は東京のそれを超えていたという。だが、上記引用を読む限り、大都市部であろうが農村部であろうが、スペイン風邪の被害は「平等」に降りかかっているように思える。
・「スペイン風邪」に当時の政府や自治体はどう対処したのか
さて、肝心なのは当時のパンデミックに日本政府や自治体がどう対応したかである。結論から言えば、様々な対処を行ったが、根本的には無策だった。なぜならスペイン風邪の病原体であるH1N1型ウイルスは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なかったからだ。人類がウイルスを観測できる電子顕微鏡を開発したのは1930年代。実際にこのスペイン風邪のウイルスを分離することに成功したのは、流行が終わって十五年が過ぎた1935年の出来事であった。
つまり当時の人類や日本政府は、スペイン風邪の原因を特定する技術を持たなかった。当時の研究者や医師らは、このパンデミックの原因を「細菌」だと考えていたが、実際にはウイルスであった。当時の人類は、まだウイルスに対し全くの無力だったのである。
それでも、政府や自治体が手をこまねいたわけではない。今度は内務省を中心に当時のパンデミックに対し、公的機関がどう対処していくのかを見てみよう。
大正8年(1919年)1月、内務省衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を出し、一般民衆にスペイン風邪への対処を大々的に呼びかけている。驚くべきことに、スペイン風邪の原因がウイルスであることすら掴めなかった当時の人々の、未知なる伝染病への対処は、現代の新型コロナ禍における一般的な対処・予防法と驚くほど酷似している。以下、内務省から抜粋したものをまとめた。*適宜筆者で追記や現代語訳にしている。
・はやりかぜはどうして伝染するか
はやりかぜは主に人から人に伝染する病気である。かぜ引いた人が咳やくしゃみをすると眼にも見えないほど細かな泡沫が3、4尺(約1メートル)周囲に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものはこの病にかかる。
・(はやりかぜに)かからぬには
1.病人または病人らしい者、咳する者に近寄ってはならぬ
2.たくさん人の集まっているところに立ち入るな
3.人の集まっている場所、電車、汽車などの内では必ず呼吸保護器(*マスクの事)をかけ、それでなくば鼻、口を「ハンカチ」手ぬぐいなどで軽く覆いなさい
・(はやりかぜに)かかったなら
1.かぜをひいたなと思ったらすぐに寝床に潜り込み医師を呼べ
2.病人の部屋はなるべく別にし、看護人の他はその部屋に入れてはならぬ
3.治ったと思っても医師の許しがあるまで外に出るな
(内務省,143-144)
部分的に認識違いはあるが、基本的には「マスク着用」「患者の隔離」など現在の新型コロナ禍に対する対処法と同様の認識を当時の政府が持っていたことが分かる。そして内務省は警察を通じて、全国でこの手の「衛生講話会」を劇場、寄席、理髪店、銭湯などで上演し、大衆に予防の徹底を呼び掛けている。またマスク励行のポスターを刷り、全国に配布した。マスクの無料配布も一部行われたというが、現在の新型コロナ禍と全く似ていて、マスクの生産が需要に追い付かなかったという。
ただ失敗だったのは、内務省が推進した予防接種である。病原体がウイルスであることすら知らない当時の医学は、スペイン風邪の予防に苦肉の策として北里研究所などが開発した予防薬を注射させる方針を採り、接種群と未接種群との間で死亡率の乖離を指摘しているが、これは現代の医学から考えれば全くの無意味な政策であった。だが、当時の技術ではそれが限界だった。
・100年前も全面休校
各自治体の動きはどうだったか。とりわけ被害が激甚だった神戸市では、市内の幼稚園、小学校、中学校等の全面休校を決めた(速水,198)。1919年には愛媛県が県として「予防心得」を出した。人ごみに出ない、マスクを着用する、うがいの励行、身体弱者はとりわけ注意することなど、おおむね内務省の「流行性感冒予防心得」を踏襲した内容である。学校の休校や人ごみの禁忌など、これまた現在の状態と重複する部分が多い。そしてこれもまた現在と同じように、各地での集会、興行、力士の巡業、活劇などは続々中止か、または閉鎖されていった。
このようにして、日本各地で猛威を振るったスペイン風邪は、1920年が過ぎると自然に鎮静化した。なぜか?それは内務省や自治体の方針が有効だったから、というよりも、スペイン風邪を引き起こしたH1N1型ウイルスが、日本の隅々にまで拡大し、もはやそれ以上感染が拡大する限界を迎えたからだ。そしてスペイン風邪にかかり、生き残った人々が免疫抗体を獲得したからである。
つまり、スペイン風邪は突然の嵐のように世界と日本を襲い、そして自然に去っていったというのが実際のところなのである。
残念ながらヒト・モノが航空機という、船舶よりも何十倍も速い速度で移動できるようになった現在、新型ウイルスの伝播の速度はスペイン風邪当時とは比較にならないだろう。だが100年前のパンデミックと違うところは、私たちの医学は驚くべきほど進化し、そして当時、その原因すらわからなかったウイルスを、私たちは直接観察することが出来、なんであれば人工的にウイルスすら制作できる技術力を保有しているという点だ。
このような状況を鑑みると、100年前のパンデミックと現在。採るべき方針はあまり変わらないように思える。すなわちウイルスの猛威に対しては防衛的な姿勢を貫き、じっと私たちの免疫がウイルスに打ち勝つのを待つ。実際にスペイン風邪はそのようにして終息し、日本は内地45万人の死者を出しながら、パンデミックを乗り越えている。
ウイルスの存在すら知らなかった当時と違って、現在の私達の社会におけるパンデミックは、伝播速度の違いはあれど集落が全滅したり、火葬場が満杯になったりするという地獄絵図には向かいにくいのではないか、というのが正直な感想である。
・100年前もデマや流言飛語
最後に、スペイン風邪当時の日本で起こったデマや流言飛語の事例を紹介する。現在ですらも、「57度から60度近いお湯を飲めば予防になる」などの根拠なき民間信仰が闊歩しているが、人間の恐怖の心理は時代を超えて共通しており、当時も様々な混乱が起こった。
曰く、「厄除けの札を貼ったり」、「ネズミを焼いて粉末にした”薬”を飲んだり」したという(速水,178)。
とりわけ医学的には無意味な神頼みは尋常ではなく、例えば現在の兵庫県神戸市須磨区にある多井畑(たいはた)厄除八幡宮では、神戸新聞の報道として、「善男善女で…非常な賑わいを呈し兵庫電鉄は朝のほどから鮓(すし)詰めの客を乗せて月見山停車場に美しい女も職工さんも爺さんも婆さんも十把ひとからげに吐き出す」(速水,198)で、駅から神社まではさらに二キロ程度の山道で、社務所が用意した護符は飛ぶように売れた(速水,同)という。
人ごみを避けろ、と言っておきながら満員電車はOKというダブルスタンダードまで、現在の日本の状況と何ら変わらない。
日本に於けるスペイン風邪の大流行から、私たちは時代を超えた共通項を見出すことが出来る。そして人間の心理は、100年を経てもあまり進歩がない、という側面をもさらけ出しているように思える。どうあれ、私たちはスペイン風邪を乗り越えていま生きている。デマや流言飛語に惑わされず、私たちは常に過去から学び、「スペイン風邪から100年」という節目に現出したパンデミックに泰然自若として対応すべきではないか。(了)
*WHO事実上のパンデミック認定に際して、2/29,AM1:30追記
古谷経衡
文筆家/著述家
1982年北海道札幌市生まれ。文筆家。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』(コアマガジン)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか』(イースト・プレス)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。
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古谷経衡公式サイト
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出口王仁三郎の「世の終わり」は、この事だったのか?
世の終わりには、疫病が流行る。
東京オリンピックどころじゃないな。
これじゃ、資本主義の崩壊、株式市場の崩壊も当たり前か。
身体から毒出しして、免疫力を高めないと、危ない。
高橋信次師により、日本に神風が吹くよ・・・
高橋信次師によって、昭和に神国・日本に正法は説かれた・・・
これは、人間社会システムと、悪魔の未知生物の戦いだ・・・・
新型コロナウイルスの流行、「未知の領域に」=WHO
3/3(火) 11:58配信
新型コロナウイルスの流行、「未知の領域に」=WHO
世界保健機関(WHO)は2日、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の世界的流行は「未知の領域」に突入したと発表した。テドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、このウイルスは「独特」の特徴があるが、正しい措置を取れば封じ込められると話している。
COVID-19による死者は全世界で3000人を超えた。そのほとんどが中国で起きているが、ここ数日に中国以外の国で新たに確認された感染者の数は、中国国内での新規感染者数の9倍に上っている。
また、欧州で最も感染の広がっているイタリアでは、死者が52人に増加した。
ゲブレイエスス事務局長は、「ウイルスを押し返すことができる」と強調した一方で、COVID-そのものよりも感染に対する差別や偏見の方が危険だと指摘した。
ゲブレイエスス事務局長は、COVID-19が世界に広まっている経路は「1つではない」としながらも、各国が封じ込めなどの施策を迅速かつ効果的に行えば、ウイルスを撲滅できると話した。
また、あらゆるアウトブレイク(大流行)に対抗できる手段は存在しないため、各国政府はそれぞれの状況を確認するべきだと指摘した。
「国ごとに独自のアプローチが必要だが、まずは封じ込めから始めなくてはならない」
その上で、新型ウイルスは「独特の特徴がある独特のウイルス」で、さらに感染が広がる可能性があるが、封じ込めには一定の効果が上がっているとの見解を示した。
■アウトブレイクを抑えた国も
WHOによると現在、世界の62カ国で新型ウイルスへの感染が確認されているが、うち38カ国では患者数が10人以下にとどまっている。
ゲブレイエスス事務局長は、「さらに、8カ国ではこの2週間新たな感染者が確認されておらず、アウトブレイクを抑えられている」と説明した。中国でも抑制の効果が上がっており、人口の多い国でもこの施策は有効だという。
2日時点で世界全体の感染者数は9万人近くに上っているが、その9割が中国国内で、さらに湖北省に集中している。
中国では1日、新たに206人が感染したが、うち湖北省以外での報告はわずか8人と1月22日以降で最低を記録した。また、死者も8人増えたが、全員が湖北省で治療を受けていた。
中国保健当局の報道官は、次の段階として「企業の営業再開に伴うリスクに注力する」としている。
■世界の状況は?
一方でWHOは、韓国とイタリア、イラン、日本の状況には特に懸念があると指摘している。中国国外で確認されている8800件の感染例のうち81%が、この4カ国に集中している。
韓国では4000人以上が感染し、死者は28人となった。感染者の6割以上が新興宗教団体・新天地イエス教証しの幕屋聖殿(新天地イエス教会)に関連しているという。
この宗教団体の関係者の間でウイルスが広まった後、それぞれが各地を移動したため感染が拡大したとされる。教団指導者イ・マンヒ氏(88)は2日、記者会見で土下座して、「政府は国民に謝罪する」と述べた。
イタリアでは感染者が1835人、死者は18人増えて52人になった。感染者の多くが北部ロンバルディア地方とヴェネト地方に集中している。
イランでは新たに12人の死亡が確認され、全体で66人となった。地元メディアによると、死者には最高指導者アリ・ハメネイ師の顧問モハンマド・ミルモハマディ公益判別会議員が含まれるという。
アメリカでの死者は6人となった。ドナルド・トランプ大統領は製薬会社がワクチンの開発を急いでいると述べた。一方、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、イランからニューヨーク市内に帰国した医療従事者が感染のため自宅で隔離されていると発表した記者会見で、市中感染の拡大は「避けられない」と話した。
イギリスではこれまでに39人の感染が確認された。ボリス・ジョンソン首相は緊急治安特別閣議(コブラ=COBRA)の後に記者会見し、新型ウイルスは「向こう数日か数週間のうちにさらに勢力を増す可能性がある」と述べた。
このほか2日には、ポルトガル、アイスランド、ヨルダン、アルメニア、ラトヴィア、セネガル、アンドラなどで最初の感染者が報告された。
欧州疾病予防管理センターは、欧州連合(EU)域内でのCOVID-19の危険レベルを「中」から「中から高」へと引き上げた。
またこうした中、経済協力開発機構(OECD)は世界の経済成長率が2009年以来の低水準になる恐れがあると警告した。新型ウイルスの流行を受けた経済失速で、株式市場では先週だけで5兆ドル(約540兆円)が失われた。
(英語記事 World in 'uncharted territory' on coronavirus
(c) BBC News
最終更新:3/3(火) 13:06
BBC New
3/3(火) 11:58配信
新型コロナウイルスの流行、「未知の領域に」=WHO
世界保健機関(WHO)は2日、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の世界的流行は「未知の領域」に突入したと発表した。テドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、このウイルスは「独特」の特徴があるが、正しい措置を取れば封じ込められると話している。
COVID-19による死者は全世界で3000人を超えた。そのほとんどが中国で起きているが、ここ数日に中国以外の国で新たに確認された感染者の数は、中国国内での新規感染者数の9倍に上っている。
また、欧州で最も感染の広がっているイタリアでは、死者が52人に増加した。
ゲブレイエスス事務局長は、「ウイルスを押し返すことができる」と強調した一方で、COVID-そのものよりも感染に対する差別や偏見の方が危険だと指摘した。
ゲブレイエスス事務局長は、COVID-19が世界に広まっている経路は「1つではない」としながらも、各国が封じ込めなどの施策を迅速かつ効果的に行えば、ウイルスを撲滅できると話した。
また、あらゆるアウトブレイク(大流行)に対抗できる手段は存在しないため、各国政府はそれぞれの状況を確認するべきだと指摘した。
「国ごとに独自のアプローチが必要だが、まずは封じ込めから始めなくてはならない」
その上で、新型ウイルスは「独特の特徴がある独特のウイルス」で、さらに感染が広がる可能性があるが、封じ込めには一定の効果が上がっているとの見解を示した。
■アウトブレイクを抑えた国も
WHOによると現在、世界の62カ国で新型ウイルスへの感染が確認されているが、うち38カ国では患者数が10人以下にとどまっている。
ゲブレイエスス事務局長は、「さらに、8カ国ではこの2週間新たな感染者が確認されておらず、アウトブレイクを抑えられている」と説明した。中国でも抑制の効果が上がっており、人口の多い国でもこの施策は有効だという。
2日時点で世界全体の感染者数は9万人近くに上っているが、その9割が中国国内で、さらに湖北省に集中している。
中国では1日、新たに206人が感染したが、うち湖北省以外での報告はわずか8人と1月22日以降で最低を記録した。また、死者も8人増えたが、全員が湖北省で治療を受けていた。
中国保健当局の報道官は、次の段階として「企業の営業再開に伴うリスクに注力する」としている。
■世界の状況は?
一方でWHOは、韓国とイタリア、イラン、日本の状況には特に懸念があると指摘している。中国国外で確認されている8800件の感染例のうち81%が、この4カ国に集中している。
韓国では4000人以上が感染し、死者は28人となった。感染者の6割以上が新興宗教団体・新天地イエス教証しの幕屋聖殿(新天地イエス教会)に関連しているという。
この宗教団体の関係者の間でウイルスが広まった後、それぞれが各地を移動したため感染が拡大したとされる。教団指導者イ・マンヒ氏(88)は2日、記者会見で土下座して、「政府は国民に謝罪する」と述べた。
イタリアでは感染者が1835人、死者は18人増えて52人になった。感染者の多くが北部ロンバルディア地方とヴェネト地方に集中している。
イランでは新たに12人の死亡が確認され、全体で66人となった。地元メディアによると、死者には最高指導者アリ・ハメネイ師の顧問モハンマド・ミルモハマディ公益判別会議員が含まれるという。
アメリカでの死者は6人となった。ドナルド・トランプ大統領は製薬会社がワクチンの開発を急いでいると述べた。一方、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、イランからニューヨーク市内に帰国した医療従事者が感染のため自宅で隔離されていると発表した記者会見で、市中感染の拡大は「避けられない」と話した。
イギリスではこれまでに39人の感染が確認された。ボリス・ジョンソン首相は緊急治安特別閣議(コブラ=COBRA)の後に記者会見し、新型ウイルスは「向こう数日か数週間のうちにさらに勢力を増す可能性がある」と述べた。
このほか2日には、ポルトガル、アイスランド、ヨルダン、アルメニア、ラトヴィア、セネガル、アンドラなどで最初の感染者が報告された。
欧州疾病予防管理センターは、欧州連合(EU)域内でのCOVID-19の危険レベルを「中」から「中から高」へと引き上げた。
またこうした中、経済協力開発機構(OECD)は世界の経済成長率が2009年以来の低水準になる恐れがあると警告した。新型ウイルスの流行を受けた経済失速で、株式市場では先週だけで5兆ドル(約540兆円)が失われた。
(英語記事 World in 'uncharted territory' on coronavirus
(c) BBC News
最終更新:3/3(火) 13:06
BBC New
109シネマズ・・・・でも、映画館ダメ・・・すぐ寝入ってしまう
109シネマズ 座席間隔空けてチケット販売 新型コロナ感染防止対策で
3/4(水) 15:41配信
全国に展開するシネマコンプレックス「109シネマズ」が新型コロナウイルス感染拡大防止の一環として、6日より座席間隔を空けてチケットを販売することを3日、公式サイトで発表した。
劇場では、6日上映分から当面の間、原則1席ずつ間隔を空けてチケットを販売するという。「お客様にはご不便、ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご理解の上、ご協力をお願い申し上げます」と訴えた。
同劇場では感染予防のため、これまでも従業員はマスク着用や検温、アルコール消毒、来場者に対してもアルコール消毒液を設置や咳エチケットの推奨など、さまざまな対策を講じてきた。また、先月28日には、劇場で購入した座席指定券(ムビチケなどを除く)について希望者には払い戻しの対応をすることを発表している。
映画界では、「TOHOシネマズ」が臨時休校期間中の小中高校生の鑑賞について「ご遠慮いただく場合がございます」と発表したばかり。6日より公開を予定されていた「映画ドラえもん のび太の新恐竜」、ウォルト・ディズニー・ジャパンの今月13日に予定していたCGアニメ映画「2分の1の魔法」、4月17日に予定していた実写映画「ムーラン」など、新作映画の公開延期も相次くなど、さまざまな影響が出ている。
3/4(水) 15:41配信
全国に展開するシネマコンプレックス「109シネマズ」が新型コロナウイルス感染拡大防止の一環として、6日より座席間隔を空けてチケットを販売することを3日、公式サイトで発表した。
劇場では、6日上映分から当面の間、原則1席ずつ間隔を空けてチケットを販売するという。「お客様にはご不便、ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご理解の上、ご協力をお願い申し上げます」と訴えた。
同劇場では感染予防のため、これまでも従業員はマスク着用や検温、アルコール消毒、来場者に対してもアルコール消毒液を設置や咳エチケットの推奨など、さまざまな対策を講じてきた。また、先月28日には、劇場で購入した座席指定券(ムビチケなどを除く)について希望者には払い戻しの対応をすることを発表している。
映画界では、「TOHOシネマズ」が臨時休校期間中の小中高校生の鑑賞について「ご遠慮いただく場合がございます」と発表したばかり。6日より公開を予定されていた「映画ドラえもん のび太の新恐竜」、ウォルト・ディズニー・ジャパンの今月13日に予定していたCGアニメ映画「2分の1の魔法」、4月17日に予定していた実写映画「ムーラン」など、新作映画の公開延期も相次くなど、さまざまな影響が出ている。
お腹が空いて、眠くなってきた・・・・
名古屋ドームじゃなくて、ナゴヤ球場でやったんか・・・・
中日・与田監督「集中力を保てていた」 降雨でノーゲームも評価
3/4(水) 14:46配信
◇オープン戦 中日―西武(2020年3月4日 ナゴヤ球場)
中日―西武戦は降雨のため、4回終了時にノーゲームとなった。
中日は先発した柳が4回2安打1失点と好投。2回に森にソロを被弾したもののキャンプから精度アップに取り組んでいるチェンジアップを効果的に使い、強力・西武打線を抑えた。
打線は4回にシエラ、福田、ビシエドにタイムリー二塁打が飛び出すなど一挙5得点。それでも与田監督は4回1死二、三塁で木下拓が邪飛に倒れた場面を振り返り「犠飛で点を取れるように。ヒットでなくても点を取っていくことが今年のチームの課題。(次打者の)大島が打ち取られると一気にチャンスが…となる」と指摘した。
ただ、試合開始から雨が降る悪コンディションの中での戦いに「レギュラーシーズンではもっとハードな試合がある。集中力を保てていた」と評価した。
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アルモンテとシエラ、どっちが出て来るのか?
ピッチャー陣容が心配だな・・・・・
3/4(水) 14:46配信
◇オープン戦 中日―西武(2020年3月4日 ナゴヤ球場)
中日―西武戦は降雨のため、4回終了時にノーゲームとなった。
中日は先発した柳が4回2安打1失点と好投。2回に森にソロを被弾したもののキャンプから精度アップに取り組んでいるチェンジアップを効果的に使い、強力・西武打線を抑えた。
打線は4回にシエラ、福田、ビシエドにタイムリー二塁打が飛び出すなど一挙5得点。それでも与田監督は4回1死二、三塁で木下拓が邪飛に倒れた場面を振り返り「犠飛で点を取れるように。ヒットでなくても点を取っていくことが今年のチームの課題。(次打者の)大島が打ち取られると一気にチャンスが…となる」と指摘した。
ただ、試合開始から雨が降る悪コンディションの中での戦いに「レギュラーシーズンではもっとハードな試合がある。集中力を保てていた」と評価した。
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アルモンテとシエラ、どっちが出て来るのか?
ピッチャー陣容が心配だな・・・・・